心棒
私達の住む地域の地方紙に『きょうの言葉』というコーナーがある
先日のコラムに桂小金冶さんの言葉が引用されていた
辛抱できない人間は何もつかめない『親から子へ受け継ぐもの』という見出しだった
コラムの内容はこんな感じ
外から見えなくても、人間には様々な潜在能力があり、これを発掘し発展させていくことが、それぞれの人生なのではないか
それは簡単ではないが、そこで必要なのは努力ではないか
努力には辛抱がつきもので、辛抱そのものが努力であるともいえる
また、『辛抱』は『心棒』に通じるもので、辛抱することによって、その人間の心棒が出来ていく
小金冶さんは、
『私は辛抱という棒を立てようと努力を重ねた』と
そして、そのとき彼の頭の中には、
『その棒には必ずきれいな花が咲く』という父の言葉が常にあったという
辛抱にしろ努力にしろ、それはその時点で備わっている以上の能力の獲得を目指すものだ
しかし、その過程で、気づくこと、発見すること、見えてくるものなどが、その人間を大きく育てるのも事実なのだ
と、結んでいる。コラムニスト・秋庭道博さんが書いたものだ
私も、『心棒』を立てたい。そして花を咲かせたいものだ
努力を重ねること。苦しいと投げやりにならず、前をみて進むこと。
それが、当たり前に出来るようになった時、人生はさらに輝くと思う
自分たちが親になった時、このことだけは伝えたい
それは、そういう姿勢で人生を歩む親の姿を見せることによって伝わることだと思うから、ノンちゃん、これからも2人でがんばりましょう☆
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